「天皇伝説」


先日、近所を歩いていたらキテレツなポスターを発見した。
大きく「天皇伝説」と書いてある。



いっしゅん過激派の集会の告知かと思ったが、
表現の自由上映会”とあり、
タイトルの上には
渡辺文樹監督作品”
とある。
どうやら映画の上映会の告知のようだが、渡辺文樹という監督は、一般的な映画好きの俺にとっては初めて聞く名前だ。
たぶん自主映画なのだろうが、それにしてもアヤシすぎる。


しかしアヤシイものには近づきたくなるのが人情。
さっそく家に帰って渡辺文樹について調べてみたら、ちゃんとしたプロの監督らしい。

福島県出身で福島大学卒業。
現在も福島県に在住。
1987年、「家庭教師」で監督デビュー
次作の「島国根性」はカンヌ国際映画祭に出品されたり、日本映画監督協会新人賞を受賞したりと、この頃は前途洋々であったかにみえる。
しかし1992年の「ザザンボ」で転機を迎える。
この作品は当初、松竹の配給・公開予定だったが、突如中止を言い渡される。
福島県で実際に起きた中学生の自殺を扱った作品だったが、実名を使ったり、監督が遺族に無断で墓を掘り起こして死因を調べようとしたことが原因らしい。
渡辺文樹は松竹からフィルムを買い取り、全国で自主上映をした。
これ以降、全国を周って自主上映をするスタイルをとるようになる。


現在は「天皇伝説」と「ノモンハン」の2本立て上映で全国を廻っており、ついにうちの近所にも来たというわけだ。
しかし皇室タブーを扱った内容のため、各地で右翼の街宣車がやってきたり、機動隊がやってきたり、それを察知した会場側が自主規制的に上映拒否をしたりといった騒ぎになっているらしい。
俺がポスターを見たほんの数日前は、なんと九段会館(戦前の軍人会館!)で上映を予定していたが、やはり上映中止になったらしい。


そんな感じだから、とうぜん上映予定は「ぴあ」には載ってないし、ネットを調べてもわずかなクチコミ情報しかヒットしない。
基本的に電柱のポスター(とうぜん違法行為であり、そのために何回も逮捕されているらしい)のみが、公式な上映予告なのだ。




レアものが大好きな俺は、とうぜん行くしかない!と思い、さっそくポスターに書いてある公共施設に行ってみた。
ポスターに書いてあった公共施設に着いたものの、どこにも映画のポスターや掲示がされていない。
施設内には立派なホールがあるので、そこでやるのだとばかり思っていたが、ホールは真っ暗。
う〜ん、またもや上映中止か?
と、思って施設の掲示板を眺めていたら、暗号のようなものを発見!
”5階第2講習室 福島大学OB会”とある。
福島大学でピンときた俺は、その部屋へ行ってみることにした。
はたしてそこで上映されていたのである。



勇気を出して入ってみる。
部屋は普通のせまい会議室。
でも十分な広さである。
なにしろお客は俺を含めて10人しかいないのだから。
右翼も機動隊員もいませんでした。


もぎりは女の人と小さな子ども。
あとで知ったのだが、監督の奥さんと子供さんだった。
そして部屋の奥には、フィルムのリールを回している白髪ロンゲの眼光するどいオヤジがいた。
写真で見た渡辺文樹その人であった。


上映時間がくると、渡辺監督は前口上を始めた。
そして自ら映写機を回し始める。
監督自身は前口上でしきりに
「お寒い低予算映画ですが」
と言っていた。
だけど、監督本人の前口上が聴けて、監督自身が映写機を廻した映画が観れるなんて、とても贅沢だと思った。
上映中、2度ほど映写機が止まってしまったのもご愛嬌。
監督とその家族と、手伝いの若い男性を入れてスタッフ数は総勢4名。
家内制手工業さながらなのである。




はっきりいって商業映画として観た場合、完成度はかなり低い。
音響設備のせいもあったかもしれないけれど、音が悪くてセリフが聞き取りづらいし、フィルムが変色してしまっている箇所があったり、シーンとシーンの間がブツ切りになっていたりと、どこまでが演出でどこまでが低予算ゆえの不可抗力かわからないが、観づらいことこの上ない。


内容は、見る前はてっきり「ゆきゆきて神軍」のようなドキュメンタリーだとばかり思っていたが、意外にもアクション映画だった。
ストーリーは無実の罪を着せられた主人公(フミキ本人が演じている)が、逃亡しながら真犯人を探っていく過程で、天皇家の血筋にまつわる秘密が明らかになっていくというもの。
予算的な制約が多いなかで創られていることを考慮すれば、なかなかスリリングなアクション映画だと思う。


問題となっている皇室に関する部分は、右翼が怒るのも無理はないなと思うけど、逆に真面目に歴史を勉強している人はきっと眉をひそめるような異説や、トンデモ本に登場するような謀略史観も少なからず含まれていて、そんなに本気で怒るほどのものでもないような気がする。
今回始めて観た人間の勝手な感想だが、作品自体に特に思想性は感じなかった。
渡辺文樹氏自身は反天皇ではあるのかもしれないが。
インタビューのなかで、彼自身もお客から金を取ってみせる以上はエンターテインメントである、というようなことを言っていたし、言葉は悪いがタブーもエンターテインメントのネタにすぎないのかもしれない。
だから右翼も警察も映画の話題づくりとして、彼に利用されているのではないだろうか。
ただしじっさいに彼はなんども別件逮捕されているし、いつ右翼に刺し殺されるかもわからないんだが。


その作品や方法論は賛否あるが、たかが映画に命まで張っている渡辺文樹はすごいと思う。


余談だけど映画を観終わって帰ろうとエレベーターホールに行くと、真っ黒なスーツを来た場違いな男が二人いた。
そのときは気にしていなかったけど、映画が始まる前にも彼らはいた。
耳にイヤホンをつけていた彼らは、たぶん公安だったのだろう。
乙です。



渡辺文樹インタビュー記事
http://www.webdice.jp/dice/detail/1089/


家庭教師 [VHS]

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